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詩の世界~Japanese poets north of 49th~

 

詩というと、日本では小学校の授業を思い出す人も少なくないと思う。

 

日常生活とは掛け離れたところにある一種の空想みたいなところにある、そんな存在だと考えるのはどうも私だけではないらしい。

ここカナダでも詩というものはそれ以上にポピュラーでもないようだ。

 

 

そんな”詩の世界”をもっと身近に感じれる、というイベントが行われるという。

 

今回、日本の有名な詩人を招き、日本ーカナダを繋ぐ詩の世界を体験するという初の試みに参加した。なんでもふとしたきっかけで知り合った友人がその主催者の一人だというのと、私も今になって日本語の読み書きに興味が出てきたという理由からだ。

 

イベントはバンクーバー在住の詩を読むプリン屋、高山宙丸氏と今回東京から遥々来加したという桑原滝弥氏、二人のプロ詩人パフォーマンスから始まる。

 

歌でもなければ劇でもない。

 

しかしなんとも言えない独特のリズムに魅せられる。
頭で理解しようとしても知識として知っている言葉の持つ意味と繰り広げられる表現の世界のギャップがあり過ぎて無意味に近い。

 

人間の想像力の幅はとても広く脳は小さいのにどれだけの密度があるのだろうかと思う。そしてそれが表現出来る才能がある、というのは特権ではないか。

 

 

詩は感じるものだ、とよくいうけれどこれもアートとして捉えると頷けるかもしれない。
後に観客からのリクエストワードで作った即興詩を英訳してみよう!というワークショップを体験するのだが、言語で表現される微妙な気持ちのニュアンスは日本語でも英語でも難しいと感じさせられることになる。

 

それぞれの感性や発想もそこから出てくる発言も他者にとってみればまた新しい。


どちらの言語でも自分の語彙力、表現力の幅がないことに驚く。

まず日本語を母国語とする参加者の間で言葉、文章のニュアンスを汲み取り分解する。

 

そしてそれを英語で英語を母国語とする参加者に伝えることで、じゃあこんな英語の表現を使ってみようか?あぁ、いいかも、なんかしっくりくるな。

でも更にこういう言い方にしてみてもいいかも?などというような大人な言葉遊びを通してまた、新鮮な国際交流を図りながら詩を楽しむというまさに一石二鳥な体験ができた。

 

 

 今回このようなまた違った形で言語と向き合い、そのツールの存在の大きさを改めて感じた。

 

 

特に日本語という言語、そこにある言葉の力の強さは魅力的だ。

 

 

 

やはり日本語の国語は奥が深く、美しく、そして楽しい。

 

 

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「バナナ」という即興詩の英訳をチームに分かれて行っていく。

We tried to translate the improv poem.

 

 

 

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桑原氏のご指名に授かり、デュオで詩を読んでみる。

It was honored to read Takiya's poem together.

 

 

 

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